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ギャラリーフェイク傑作撰の蛇口

コンビニで買ったギャラリーフェイク傑作撰 Architecture (My First Big SPECIAL)の中の1編に『蛇口』という作品がありました。コミックス文庫なら21巻に収録されているみたいです。

ギャラリーフェイクの主人公藤田玲司の元になった人物は、藤田嗣治(つぐはる)だと言われています。パリで活躍した人で、後にフランスに帰化し、レオナール・フジタと呼ばれています。

秋田県や弘前あたりでは公開されていない感じですけど、まだぎりぎり公開されているところがあるみたいですね。映画になっているようです。

オダギリジョーの仏語&女装も、画家・藤田嗣治を描く映画『FOUJITA』予告編

秋田県民にとっては、巨大壁画『秋田の行事』を書いた人として有名ですが、他県の人にとっては全く有名ではないでしょうね。ウィキにも出てこないし、もちろん映画でも全く触れられていないと思います。美術史的に見ても、有名になったのはパリですし、おそらく美術史的に大事な作品となるとパリで書かれた作品になるのでないかと感じます。

戦争中、日本に帰ってきますが、日本に尽くそうと考えて戦争画家となります。戦後そのために戦争を肯定したと非難されたことも、日本を捨てることにつながっているのではと感じます。

話題を漫画に戻しましょう。

『蛇口』のあらすじは、
明治に建てられた茨海(ばらうみ)小学校は、解体して市立美術館をS市は建てようとしている。その小学校で、白樺銀行頭取から、差し押さえしたトキワ商事の保有する美術館のコレクションの価値の鑑定を依頼される。校庭の傍らでは、少女が水道の蛇口にじょうろの水をかけて洗っている。そばに寄るサラ。
トキワ商事の会長とS市の市長はジッコンでコレクションをS市に譲る約束をしていたため、美術館建設の青写真があり、S市はコレクションがほしい。
小学校の外では、茨海小学校を守れとデモが。(年寄りばっかり) そして雑誌に、市と銀行の癒着の記事が出る。
藤田はコレクションの中から無名の画家が描いた3枚の絵を、サラに調べるよう依頼。
デモの市民に校舎保存運動に協力するよう詰め寄られる校長。公務員であるため特定の立場に建てないと説明する校長。
サラは、無名の画家が伊達仁之助で、S市の名士遠山氏がパトロンであった。
銀行頭取から接待を受ける藤田。そこで無名の画家の絵3枚を買う藤田。実はその絵は、校長から依頼された絵であった。
実は銀行も内情は苦しく自己資本比率が8%を切り、銀行に公的資本が注入されることが決まったため、コレクション寄贈は振り出しに。
小学校では、校長先生が卒業の挨拶を始めている。藤田の方は、マスコミから鼻つまみ者の画商という噂ですがと言われ、イラッとしてマスコミに手を出してしまう。校長は学校を立てた遠山甚五郎氏の話をする。その他にも町のために病院、図書館、映画館を作り、文化を高めるため、画家を抱えた人であった。その画家が肖像画を描かせてくれと頼んだとき、私のためでなく、町を豊かにするためお前を雇っているのだと烈火のごとく怒った。そのため、ちょっと離れたところから画家が晩年の遠山氏を描いた絵だと校長は子どもたちに1枚の見せる。それは藤田が提供した、学校の草取りをしている老人の絵であった。事業を引退した遠山氏は毎日のように学校に来て修理したり花壇を作ったりしていたのである。この学校を作った人は本当に故郷を愛した人であったことを忘れないで欲しい、と校長は結ぶ。
一方藤田は記者や野次馬にボコボコにされてしまう。心配するサラは、蛇口を洗っていた少女の言葉を思い出す。水道の蛇口は水をいっぱい出してみんなを綺麗にしているが、蛇口自身は洗えない。だから私が洗ってあげている、という言葉を。サラは思う。藤田も蛇口だと。

うーん。あらすじなのになんて文章量。もっと要約しなければあらすじにならないな。

ここから感想。
このお話の中には、秋田県立美術館問題がチラホラと隠れているような感じがします。

まず茨海小学校。秋田市に茨島(ばらじま)という地名があります。なんとなく茨海は茨島を連想させます。ちなみに茨島は秋田市の工業地帯で、化学肥料などの工場があります。
無名の画家の経歴の一部(2年間の欧州歴訪の後S市に帰郷。遠山氏がパトロンに。)がどことなく藤田嗣治を思わせます。ということは、パトロン役は平野政吉ということになるでしょう。
トキワ商事のトキワは常磐を連想させます。今の茨城県で、県知事佐竹氏の元々先祖の出身地です。
小学校を壊して市美術館を建てるというところは、平野政吉美術館を解体して、県立美術館を建てるという計画を連想させます。地元の反対運動が実ったのか旧美術館は残りました。でも大事な作品は新県立美術館に移動させられました。
・・・・
県立美術館での藤田嗣治作品『秋田の行事』ですが、移したことに対してあまりいい評価は聞かれません。狭すぎて全体を見ることができないとか、作者は柔らかな自然光で見ることを想定していたのですが県立美術館ではそれは無視されているようです。

現在旧美術館をどう活用するか議会で話し合われているようですが、だったら新美術館を作る必要はなかったと思うのは私だけでしょうか。

新県立美術館は、日赤病院が広い場所を求めて他の場所に移転した後、その跡地対策として行ったものですが、最初はお店を作って失敗しました。食料品なんかは秋田市だったら市民市場に行くだろうから、賑わいにはつながらなかったみたいですね。それで仕方なく県立美術館を作ったんでしょうけど、美術館では賑わいは無理でしょう。どう考えても。美術は静かな空間で楽しむものでしょうから。
でもなんでこんなに日赤跡地ばっかり行政が手を入れるか不思議なんですが、もしかすると現秋田市長は、日赤病院院長の息子みたいですから、それがもしかしたら関係しているんでしょうか。



おまけ動画。お子様はみないでね。
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