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『信長殺し、光秀ではない』 5


今日は、前回の章の最後の方に出てきたけれど省略したキリスト教関係の事柄から。
モラエスの目撃者がいるという証言について色々調べたが見つからなかったということが述べられ、その後、戦時中、米軍爆撃で消滅していた東洋堂刊<キリシタン研究>が吉川弘文館から再刊されたことが書かれている。
---引用ここから---
 その中の<岡田章雄・布教機関の分布について>という研究論文をみると、<天正十六年(1588)フロイス報告書>と<バリニヤニ目録>並びに<天正九年ガスパル・クエリヨ書簡>を引例して、その128頁に、
「安土のセミナリヨ神学校建築に使って残った木材を、オルガンチノが京へ運び四条の坊門の姥柳(うばやなぎ)町つまり現在の蛸薬師通り室町西入るの地点に、三階建の礼拝堂と住居を作った。そして、この建物は四条西洞院にあった本能寺とは、一町とは離れていなかったから、1582年つまり天正十年六月二日の暴動の時は、もう少しで類焼の厄にあうところであった」と、当時の、
「聖教会堂(ドチリナベル・ダデイラ)」とよばれていた礼拝堂の事を説明している個所が見つかった。
 この建物は、<狩野元秀の洛中洛外名所図扇面画>にも残っている。だから真実あったものと断定できる。疑いを挟む余地はない。なお、
<天正十一年バリヤニ摘要録>によれば、
「ここにはポルトガル司祭(パードレ)一名、使僧(イルマン)一名が常駐している他に、神学校寄宿の屯所(コレジョ)として日本人神学生十一、二名も宿泊していた」
と明記もされている。

 つまり、本能寺の変があった時に、信長が死んだ現場から一町以内の地点に、三階建ての礼拝堂があって、そこにポルトガル人二名と十余名の日本人神学生が寝泊りしていたという事実である。
 しかも、危うく類焼しかけた程だったから、いくら六月二日の夜明けから午前八時近くまでの椿事とはいえ、彼らは朝寝坊などはしていなかったろうということ。しかも、この時代に、城は別にして三階建ては珍しいから、彼らは高見の見物というか、見晴らしのきく所から、つぶさに実状を観察しているに違いないという結論も、これから引き出せない事はない。
 と言うことは、取りも直さず、本能寺事件に対して、はっきりした目撃者がいたという<真実>になってくる。
 そうして十余名の日本人神学生と一人の使僧の方は、其後の足取りはつかめないが、ポルトガル人の司祭の方はマカオへ戻っている。これはその翌年の、
<1583年に於ける日本プロビンシヤ及び、その統括する事項>の<アレッサンドロ・バリニヤ報告書>にも出ているし、それから九年後の、
<1592年11月現在・ゼズス教会の日本管区に於ける教堂、駐在所の目録。並にそこに居住する師父(パードレ)、使僧(イルマン)の異動名簿>に於ても、これは裏書きをされている。
 こうなると、「信長殺しは誰なのか」を実地に見聞した目撃者が「マカオへ行った」というT・Hのモラエス説は、全集本にのっていなくても、そうまんざら頭ごなしに否定もできはしない。
 なにしろ当時のマカオというのは、今のようにカジノで知られたギャンブルの名所ではなく、そこは神の名による都市。つまり東洋一の神学校をもっていたからである。
<1606年度耶蘇会(天主教派)年報>にも、「プラチェンカ出身のザカリヤス・カンピオニ司祭は、マカオ神学校の教職から日本へ渡海して病没したが、アレッサンドロ・ヴァリニヤーノ司祭は、日本からマカオへ戻って神学校を教え、そして1600年1月2日に昇天されるまで、彼はよき神の司牧者(オブレーロス)であった」
 とあるように、天文十二年(1543)八月二十五日。種子島へポルトガル船によって、鉄砲を伝来させた信長の十一歳の頃から、マカオは、東洋における神の福音の都市であると共に、その十三年後からは、火薬という新兵器を輸出する死の商人の港とも変貌していた。
---引用ここまで---
前回の章のタイトルは二君で、光秀は信長と義昭の二君に仕えていたことの説明の章だと思うが後半はキリスト教事情となっていたので、あえて分けました。

次の章は、当時のキリスト教事情であるプロテスタントについての説明となっていて、あわせてもよいのですが長くなりそうなので、きょうはここまでにしときます。
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