もっぱら、プァ・オーディオを追求・試行錯誤してます。

ウクレレの弦を張り替えてみたけど

ハーモニクスの音を出しやすいというので、オベーション風のウクレレにダダリオの弦を貼ってみましたが、・・・・・・・

確かにハーモニクスは出しやすくなった気がします。5フレット上に軽く指を乗せて出すハーモニクスが以前使っていたディアンジェリコの細い弦よりも出しやすい感じがしますし、ウクレレでよく使用される12フレット上に軽く指を乗せて出すハーモニクスがかなり13フレットに近いところでもなってくれます。確かにハーモニクスのスィートスポットが広い感じです。

でも、弦が太くなったためか、あまり響かなくなった感じもします。

個人的には、このオベーション風ウクレレには、ディアンジェリコの細い弦のほうがいいな。



ギタープロ 6 というタブ譜作成ソフト、だんだん判ってきました。が、あえて欠点を言うと、

・・・・・・

コードの指の位置(コードダイアグラム)も表示できるんですが、小さなウクレレならではの、思いっきり指を広げた(ストレッチコードとでも言うのかな?)ダイアグラムは作成できません。元々がギターやベースのためのタブ作成ソフトですからね。



おまけの動画。

『信長殺し、光秀ではない』 28



おそらくこれが、、最初に刊行された版だと思います。私の方は作品社で再刊行されたものを利用しています。



信長は腹を切らない・言経記(187~192ページ)

ちょっと前の土曜日の夜のニュースの一コーナーで、本能寺の変で、安田作兵衛という武士が信長に槍で傷をつけたことは絵草紙等で江戸時代には常識になっていたが、昭和に入ってからは、信長公記等の一等資料にその記述がないことから、おそらく自己宣伝のたぐいの話で現在では信用されていないという話題が出ていました。ただぼんやりテレビを見ていたので、一体どこの放送局なのか、地上波なのかBS放送なのかもわからなくなっています。

八切止夫のここの部分の最初は、安田作兵衛なる人物は創作上の人物で、講談であると断じています。
そして、本能寺の変で、信長が実際に本能寺の変の最中に確実に居たという証言をしている確実と思われる資料はは実は無いと書いています。

もし、本能寺の中に攻め込んで、信長の所在を確かめた部下がいたならば、(前のブロックに書いていることですけど)
>さて、この次に<当代記>は、はっきりと、
>「焼死に給うか。終いに御死骸見え給わず。惟任も不審に存じ、色々相尋ねけれども、その甲斐なし(御年四十九」
>と出ている。
とはならないし、その後、信長の遺体探しはしないでしょう。

---引用ここから---
 なにしろ、現実の問題としては、寄手(よせて)というか、本能寺外部の人間は、誰も信長を見ていないらしいのである。
 もしも誰かが、その存在を確認していたものなら、周囲には、びっしり一万三千という人数が蟻のはい出る隙間もないくらいに完全に取巻いていたのだから、もし屍体が発見できなくても「信長の死」と、いうものは、確認できた筈であろう。それなのに、
<言経卿記>
 六月三日、己丑、晴陰
一、洛中騒動不斜
一、禁中へ徘徊了、今夜番ニ弥二郎進了
(御所へ警戒のため夜番の者を供出)
 六月四日 庚寅
一、禁中徘徊了
一、洛中騒動不斜
  約五行分削除空白(続けて)
 六月五日より十二日まで削除中断。
 六月十三日
一、惟任日向守於テ山崎ニテ合戦。即時敗北。伊勢守(伊勢貞興)已来三十余人打死了。織田三七殿(信孝)羽柴筑前守已下従南方上了、合戦也。二条屋敷(下御所)放火了。首共本能寺ニ被曝了。
◯何故、もう一度、二条御所に対し、山崎合戦後に放火し、誰を殺して首をさらしたか、ここに問題がある。従来の史家の説明や東大史料編纂所の解明では「光秀又はその家臣が放火し、その首をとって曝した」ことにされているが、山崎合戦で破れ、そして追われた明智勢が、本拠地へ脱走するのが常識なのに、どうして堂々と勝利者みたいに入洛し、なんの必要があって十一日前に戦火にみまわれ、あらかた灰塵に帰した二条御所へ、改めて又も放火する必要があるのだろうか。
 もちろん、二条御所に放火したというのは、そこに特定な人間がいたという立証のない限り、これは六月二日事件の証拠隠滅を企てたものと思われる。となると、これは明智側から放火したのか、秀吉側か、はたまた、どさくさ紛れに誠仁親王の雑掌が潜入して、残っていた火薬に火をつけ、これが火災になったのか。疑問があるが、そこのところは判然とされていない。
(中略。簡単にまとめると、山崎合戦の真相を書いたものは残っていない。)
 =「小栗栖村長兵衛」という講談では、この十三日に、光秀が竹槍に刺って死んでしまった事にされているが、<言経卿記>では、全然違う。
 六月十四日 削除 空白
 六月十五日
一、惟任日向守、醍醐辺ニ牢篭、則チ郷人一揆トメ打之、首本能寺ヘ上了。
 六月十六日 削除 空白
 六月十七日
一、日向守内斎藤内蔵助(内蔵介利三)、今度謀叛随一也。堅田ニ牢篭、則尋出、京洛中車ニテ被渡、於六条川原ニテ被誅了。

 この<言経卿記>は、六月十八日からは、「甲辰、天晴、晩雨」などと、その日の干支や天候も入れられてあるが、六月四日から十七日までは、慌ただしく、それも記入されず、この十四日間で、残存されているのは僅か四日分。あとの十日分は、みな削除されて伝わっていない。それだけに真実性が感ぜられるけれど、もちろん、破いたのが、山科言経なのか、誰かは判らない。が、この中に、あらゆる秘密があったのだろうし、今日、光秀が犯人に仕立てられている謎も、この削除部分に有ったのだろう。
---引用ここまで---

加計学園問題では、政府側は安倍政権からの圧力を示すメモは不都合だからなかったことにしたいし、普通であれば、文科省内部の公務員も守秘義務違反になるので、辞めたとしても公開するはずがないので、普通は出ないんですが、おそらくは文科省の天下り問題の中心人物として首にされた(菅官房長官の話からはそういうふうに受け取れる。)恨みがあるために出てきたのでしょうか? それとも、戦国時代なら問答無用で殺されるけれど現代はそこまではされないために勇気を持ってメモの内容を話したんでしょうか?
ただ、公文書ではない単なるメモなので、裁判でも証拠として取り上げるのかな? おそらく証拠書類にはならないような気がするのは私だけでしょうか。

とと、話を戻して、・・・・・、

<言経記>の削除部分は残念ですね。あれば歴史の真実がはっきりしたのに。



おまけの動画。

DVD化されないのはほんとに残念。なんとなくジョニ・ミッチェルのバックで演奏しているジャコ・パストリアスのように、上原ひろみがサラリとすごい演奏をしていて、DVD化されないのがほんとに残念。

今日の収穫物

今日は小雨の降る中、親父と一緒にワラビ採りをしていました。

ついでに収穫したものはこれです。
今日の収穫物
右の方は、時期外れのゼンマイです。ゼンマイというのは、実は湿り気のある土を好むようで、ここ最近は雨続きでしたから、時期外れの割には生えてくれたのかなと思います。これは茹でたあと干して乾燥するんですが、雨続きなので腐らせないようにしないと。

左の方は山のアスパラとも呼ばれる、シオデです。地元ではソデコと呼ばれています。こんなに取れるのは久しぶりですね。これは芽を食べる山菜なので、これから先は、伸びすぎになるはずなので、先端部分の柔らかそうなところを収穫するしか無いんだろうなと感じます。



おまけの動画。

民謡のひでこ節は、若い男女のシオデ採りの様子を歌っているそうです。

妄想スピーカー 多重共鳴管?

現在、親父につきあって、ワラビ採りを行っています。おそらく明日も行くと思います。今年はなんとなくあまり量を採れていないので、今月いっぱいくらいは週2回くらいワラビ探しです。

量が採れなくなったのは、景気が良くなったとは秋田県ではまったく思えないため、食費を節約しようと山に入る人が増えていることも関係あると思うし、そろそろネマガリタケの時期なんですが、ネマガリタケはクマの大好物のため、人間しか食べないワラビ採りの方に山菜採りの人が流れている可能性もあるかもしれません。塩干しワラビ、最近は物産館でも売られていて、ゼンマイの半値くらいで売られています。

そんなこんなで、おそらく今月中はワラビ採りは続くと思います。



ということで、最近の私のブログは、八切止夫紹介ブログと化している可能性があるので、そろそろスピーカー製作をと思うんですが、なかなか時間が生み出せません。火曜日午後には、ウクレレ同好会もありますし。

こんな時は、例のアレですね。頭の中だけで制作する妄想スピーカー。

昨年度のStereo誌付録ユニットM800が、失敗作開管共鳴管から外したので余ってます。ですからそれを利用した共鳴管を考えてみました。

共鳴管は、Fdは共鳴管の長さだけで決まります。そして、Fdを低くしすぎると、周波数特性で低域にくぼみが出来てしまいます。ですから、シングルバスレフのように、ユニットの周波数特性図を見て、くぼみが出来なさそうなFdを狙うことになります。

カノン5Dさんの趣味の小部屋のこの記事が参考になるかもしれません。

しかし、ピンポイントで1つだけのFdを強調するのは、低域の拡大ではちょっとマイナスな気がします。

ですから、長岡スピーカーのカテドラルのように、長さの違う共鳴管を組み合わせて共鳴管の癖を分散し目立たなくさせることと、幾つかのFdをあわせて、ある程度の帯域で低音を持ち上げようという作戦です。

妄想スピーカー 多重共鳴管?

ユニットを付けるところは省略してますが、100mm×100mmの開口部分にユニットを付けたバッフルを貼り付けます。スピーカー端子は背面の適当なところにつけます。ちなみに実験機なので、私の地元のDIY店で買えるおそらく一番安い板、パーチクルボード(11mm厚)で設計しています。

一応細くなっているところが多重共鳴管として働いてくれることを期待していますが、この状態ではおそらく、細い共鳴管は開管共鳴管の動作をする可能性が高いので、大沢さんの多重共鳴管のように空気室をはっきり分けて、ダクトを通して共鳴管に音を出す必要があるかもしれません。

一応、細い共鳴管が閉管共鳴管の動作をしてくれたら、約105cm、約113cm、約120cm、約128cmですから、Fdはそれぞれ約81Hz、約75Hz、約71Hz、約約67Hzとなります。

まあ、今の段階では妄想段階なので、狙ったとおりには行かない可能性が高いんですが。



おまけの動画。

新ブログリンクしました。

プロフィールには、

>年金世代の方々のオーディオ復帰の入門的な情報の配信が出来れば幸いと考えています。

と書かれています。

リンクの許可をいただきましたので、早速リンクし直しました。

ありありオーディオライフ

マイルスTKさん、MCAP-CRさん、たてちゅうさん・なーおさん(塩ビ管SP)、アールefuさん、おおたんさん、FURUTEC (旧H.N TE27)さん(はじめましてですね。m(_ _)m)、Abbe Gelinekさん、このブログからリンクされてますよ。

実は、kenbeさんの新ブログです。

追記:どうやら Free man に改名したようですね。(2017/6/7)



おまけの動画。
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真似してもいいけど、その場合は自己責任でお願いします。

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